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日輪山 水堂安福寺

  • 本堂
  • main-eyecatch-jiin-38-1.jpg 観音堂
  • main-eyecatch-jiin-38-2.jpg 霊水堂
  • main-eyecatch-jiin-38-3.jpg 薬師堂

縁起

寺伝によると、聖武天皇の代(724〜49)一人の猟師が白鹿を射ったところ、白鹿はたちまち金色の光を放って消え、あとに石の観音菩薩像があり、矢はその腹に刺さっていた。これを見た猟師は多年の殺生を悔いて出家、庵を結び、法弓と号して修行三昧に暮らしていたという。

『当山霊水略縁起』に、高倉天皇が病を患ったとき、霊夢に「肥前国日輪山中に湧く霊水を服せぱ、病はたちまち治る」と告げた。そこで帝は、杵島の領主平重盛に命じて霊水を求め、服して病は平癒した。依って七堂伽藍に六十六坊を建立、大いに栄えたという。

水堂のいわれ

一方、『肥前古跡縁起』には、平重盛の夢に観音菩薩が現れて、霊水を潅頂すると現世においては諸々の災難を免れ、後世は成道の本懐を得られると告げた。そこで重盛が七堂伽藍を建立したと伝う。

白石地方は、平家が全盛の頃は平清盛が所領していたが、文治3年(1187)日向五郎通益が地頭となり、ついで平井氏の統治下にあった。
天正2年(1574)平井氏が龍造寺隆信に敗れて終罵。龍造寺氏が須古邑主鍋島家の祖となるが、この戦で安福寺の伽藍は炎上、宝永4年(1707)鍋島茂明の外護により再建したが、昭和26年本堂・庫裡を焼失。同32年に再建して現在に至る。

さらに縁起は、僧法弓が修行のとき、毎年旧暦4月15日寅上刻から7月15日未刻まで、観音像の腹部から霊水が湧き出たとある。

水堂安福寺のご詠歌

第38番 日輪山 水堂安福寺

所在地 〒849-1104
佐賀県杵島郡白石町大字堤3144
電話:0952-84-3033
名称 日輪山 水堂安福寺(にちりんざん みずどうあんぷくじ)
通称 水堂さん(みずどうさん)
宗旨 天台宗
本尊 阿弥陀如来
寺宝・文化財
マップ
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定期的に行われている行事をご紹介致します。

日時 行事名称 内容
1月第2日曜日 薬師堂大祭
旧4月15日〜7月15日 出水法要
6月8日・7月8日・8月8日 薬師堂縁日

嬉野温泉「大村屋」

佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙848

TEL:0954-43-1234

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